子どもたちのエッセイ

たつの子の震災 > 子どもたちのエッセイ

中1男子 (大阪市旭区)

今年、京阪神に大被害をもたらした。阪神・淡路大震災が、一九九五年一月一七日、五時四六分に僕の家でもベッドがゆれましたが、一方神戸では長田の方で大火の出が、発生されました。そして火の手がおさまった時は、まるで紛争が行なわれたあとのような焼け野原に神戸の大都市は一転して田舎みたいのようでした。もちろん鉄道網もマヒしました。そして高速網もストップしました。そして繁華街三宮も大きな打撃をうけました。
図書館で借りた本にものってた言葉どおり巨大地震の予測は的中した。戦後最大級の被害をだした今回の大地震死者も五千人をうわまわる、まさに歴史に残る、二十世紀第二の大きな地震でした。
これからの日本の課題はまず耐震設備の整った建築物を作っていかなければならない。最低強震でもびくともしない建物をどんどん作っていかなければ、ならないのである。
今回の地震は悲惨な結果になった。僕も心にぐさっと連ぬきました。